子供が「お金を貸して」と言ってきたら、貸す?貸さない?定年後の最も難しい選択――老後資金を守り、家族の絆も守る方法

はじめに:松田さん(仮名)のジレンマ
72歳の松田さん(仮名)は、元公務員。妻に先立たれて5年、今は埼玉県のマンションで一人暮らしです。毎月の年金は約19万円。貯蓄もそこそこあり、ささやかながら安定した老後を送っていました。
ところが去年、東京で働く息子から一本の電話が。「父さん、車を買い替えたいんだけど、頭金が足りなくて……200万円、貸してもらえないかな? ボーナスが出たら返すから」
松田さんは迷いながらも、翌日には息子の口座にお金を振り込みました。息子が東京で頑張っている姿を思うと、断れなかったのです。
それから1年。息子から返済の連絡は一度もありません。松田さんは「返してほしい」と言いたいけれど、言い出せずにいます。言えば息子を責めることになる気がして。でも、自分の預金残高は確実に減っていく。先日、腰の治療で自費診療を勧められたけれど、費用が惜しくて断りました。
「もしあの時、『お金はない』って言えていたら……」。

松田さんのような悩みを抱える高齢者は、決して珍しくありません。本記事は「子供を助けるな」と言っているのではありません。「どうやって助ければ、自分が倒れずに済むのか」を一緒に考えるためのものです。
第1章:なぜ私たちは子供を断れないのか
お金の話をする前に、なぜ定年後の親が子からの要望を断りにくいのか、その心理を整理してみましょう。
理由① 親としての「罪悪感」

「子供が苦労しているのに、親として助けないなんて……」――多くの親がこうした罪悪感を抱えます。特に日本社会には「子供は親が守るもの」という無意識のプレッシャーがあります。
理由② 「見捨てられる」不安

一人暮らしの高齢者に特に多いのが、「断ったら、もう子供が会いに来なくなるのでは」という恐怖です。たった一度の電話や帰省を、心の支えにしている人にとって、その関係を損なうリスクは計り知れません。
理由③ 「どうせ最後は子供のもの」という思い込み
「自分の財産はどうせ子供が相続するんだから、今渡しても同じ」――こう考えると、お金の境界線があいまいになります。でも、それには大きな落とし穴があります。それは後ほど詳しく説明します。
理由④ 「お金の話」をするのが苦手
多くの日本人は、家族であってもお金の話をすることが苦手です。「借りたお金を返してほしい」と言うのも、「お金を貸せない」と言うのも、気まずくて言い出せない。だからこそ、曖昧なまま流れてしまいがちです。
第2章:よくある3つの親子間マネー問題
以下の3つのパターン、心当たりはありませんか?
パターン① 「貸したお金」が「あげたお金」に変わる瞬間

「必ず返す」と言われて貸したお金が、いつの間にか返ってこなくなる。子供も親も話題にしづらく、そのまま放置される。気づけば数十万円、時には数百万円が「なかったこと」になっている――これは非常に典型的なケースです。
パターン② 「孫の世話」が「無給のフルタイム労働」に

定年後に孫の世話を頼まれて、気づけば週5日、朝から夕方まで預かっている。保育園の送迎に、おやつ代に、時には塾代まで……。子供の世帯からは「ありがとう」の一言もなく、費用の負担もすべて自分持ち。感謝されたいわけではないけれど、やっぱりどこかで「当たり前」にされていることに寂しさを覚える。
パターン③ 「同居」が「無自覚な搾取」に

子供夫婦が「親の世話をする」と言って同居を始めたけれど、実際には光熱費も食費もすべて親が負担。孫の教育費まで親の年金が消えていく。気づけば預金は目減りし、でも「同居しているんだから」と言い出せない。
第3章:優しく、しかし確実に「境界線」を引く方法
ここからが本題です。冷たい親になる必要はありません。ただ、「愛情」と「お金」を切り離す練習をしましょう。
方法① まずは自分の「老後資金」を計算する
飛行機の安全ビデオで「まずはご自身の酸素マスクを装着してください」と言われますよね。お金も同じです。あなたの年金と貯蓄は、これからの人生の生活費であり、医療費であり、介護費用です。それを他人に貸してしまって、自分が困ったとき、誰が助けてくれますか?
まず確認すべきこと:
- 毎月の年金受給額はいくら
- 毎月の生活費はいくらか
- 予備費(医療費・介護費)はどのくらい必要か
- 今の貯蓄で何年もつか
方法② 「ちょっと考えさせて」を練習する
「お金を貸して」と聞かれて、すぐに「いいよ」と言ってしまう人ほど、後悔します。「ちょっと考えさせて。後で返事する」 とだけ言って、その場を離れましょう。散歩に行く、買い物に行く、一晩寝る――冷静になってから判断する時間を作ることが何より大切です。
方法③ 「貸すルール」を決める
どうしても貸す場合は、以下のルールを自分に課してください。
ルール1:失っても構わない金額だけ貸す
預金総額の1割までなど、「返ってこなくても生活に影響しない金額」 だけにしましょう。
ルール2:借用書を書かせる
「お金を貸すときは、ちゃんと書面にしなきゃね」――借用書は不信の証ではなく、お互いを守るためのものです。金額・返済期日・返済方法(毎月いくらずつ)を明記しましょう。

ルール3:少額でも利息をつける
年利1~2%でも構いません。「借りる」という行為にはコストがかかる――その感覚を子供に持たせることが、次回以降の不用意な「借り」を防ぐことにつながります。
ルール4:「これが最後」と伝える
「今回だけは貸すけど、次はないからね」と明確に伝えること。境界線を曖昧にしないことが、長い目で見たときの親子関係を守ります。
方法④ 孫の世話にも「ルール」を
もし孫の世話をするなら、以下のことを事前に話し合いましょう:
- 週に何日、何時から何時まで預かるのか
- おやつ代・教材費などは誰が負担するのか
- 急な延長の場合はいつまでに連絡するのか
これらは「ケチ」ではなく、お互いの努力を可視化し、尊重し合うためのルールです。
方法⑤ 同居の場合は「生活費」を明確に
子供夫婦と同居する場合、毎月「生活費として○万円」 を負担してもらいましょう。光熱費や食費は一人暮らしとは桁違いです。「みんなで使うお金はみんなで出す」――それだけの話です。
第4章:最强の味方「家族信託」という選択肢
もし「将来、自分が判断できなくなったときに、子供が勝手にお金を使うのが怖い」「どうしても子供に頼まれると断れない」と心配なら、「家族信託(民事信託)」 という選択肢があります。

家族信託とは?
簡単に言うと、あなたの財産を銀行などの受託者に預け、受託者があなたの指示に従って管理・運用する仕組みです。毎月決まった額の生活費があなたの口座に振り込まれ、それ以外の大きな支出は、あらかじめ決めたルール(例えば「医療費以外は出せない」など)に従わなければ引き出せません。
家族信託の3つのメリット
メリット① 子供が勝手に「借りる」ことができない
銀行は「お母さんからお金を貸してほしい」という子供の電話だけでお金を払い出しません。手続きには複数の書類と時間がかかるため、衝動的な「貸し」を防ぐことができます。
メリット② 認知症になっても財産が守られる
もし認知症になっても、信託のルールに従って毎月の生活費は自動的に支払われます。施設入所費や医療費も、あらかじめ設定しておけば安心です。
メリット③ 「親を悪者にしない」
子供に「お母さんが貸さないんじゃなくて、銀行のルールでお金が出せないんだ」と言えます。制度が「悪役」を引き受けてくれるので、あなたはいつでも優しい親でいられます。
どうやって始めるの?
家族信託の設定には司法書士や弁護士の専門家のサポートが必要です。まずはお近くの司法書士事務所や信託銀行に「家族信託について相談したい」と問い合わせてみましょう。費用は信託する財産の規模によりますが、数十万円程度から対応可能なケースもあります。
第5章:相続の話も、早めにしておく
多くの親が「相続の話をする=死を意識させる」と避けがちですが、話さないことのほうがリスクです。兄弟間の争い、老後の資金計画の混乱――これらはすべて「話し合い」で防げる問題です。

アドバイス① 遺言書を書こう
いわゆる「自筆証書遺言」 は、自分で全文を手書きし、日付と氏名を記入し押印するだけで法的に有効です。ただし、家庭裁判所の検認という手続きが必要で、相続人全員の前で開封・確認されるため、揉め事の種になりやすいというデメリットもあります。
より確実なのは「公正証書遺言」 です。公証人が立ち会い、原本が公証役場に保管されるため、紛失の心配がなく、家庭裁判所の検認も不要です。費用はかかりますが、確実に遺言を実行したい方にはこちらがおすすめです。
アドバイス② 生前贈与は「あげる」と割り切る
子供のマイホーム購入などを手伝う場合、「貸す」ではなく「贈与」 として明確にしましょう。日本では年間110万円までが贈与税の基礎控除額です(※2026年現在)。それを超える場合は贈与税がかかることを理解した上で、計画的に行いましょう。
アドバイス③ 財産はすべて渡さない
「税金がもったいないから」と、生きているうちに全ての財産を子供に名義変更してしまう人がいます。しかし、その後に子供と仲違いしたら――あなたは一文無しで、家を追い出されるかもしれません。絶対に、自分が最後まで生きていけるだけの財産は手元に残してください。
おわりに:愛は無尽蔵じゃない。境界線こそが真の愛情
松田さんのお話に戻りましょう。
もし彼が最初にこう言えていたら――「悪いけど、今回は貸せないんだ。でも、他の方法で車を買うことは一緒に考えられるよ」――息子は一時的にがっかりしたかもしれません。でも、親子関係は壊れませんでした。そして何より、松田さん自身が今のような「お金もなくなり、言い出せずに苦しむ」状態にはならなかったはずです。
親愛なる皆さん、あなたは一生懸命働いて、子供を育て上げました。その役割は、もう終わったのです。
子供に好かれるために老後資金を溶かす必要はありません。見捨てられるのが怖くて無理をする必要はありません。「親だから」という思い込みで、自分の気持ちを押し殺す必要もありません。
本当の愛には、境界線があります。
今日から練習してみてください。この3つの言葉を:
- 「ちょっと考えさせて。」
- 「お父さん/お母さんのお金は、自分の老後に備えているんだ。」
- 「一緒に方法は考えられるけど、お金は出せないよ。」
老後資金を守ることは、決してケチなことではありません。自分の老後に責任を持つことであり、それは結果的に子供の将来の負担を軽減することでもあります。あなたがお金を使い果たせば、結局は子供があなたを養わなければならなくなるのですから。
境界線を引くこと。それが、親子の絆を本当に守る方法です。